これは意外…実際の忍者は黒装束を着ていなかった

鎌倉時代から江戸時代にかけて実在した「忍者」。

日本=忍者・侍とイメージがついているように外国人からはとても人気が高い。面白いことに、中には日本人すべてが忍者だと勘違いしている外国人もいる。

日本人から見ても忍者は常に黒装束を着ていると思いがち。

だが、実際は違う。

そこで今回は実際の忍者は黒装束を着ていたかどうか、どのような服を着ていたのか詳しく説明する。

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実際は「黒装束」など着ていなかった!?

日本のマンガやアニメ、小説などの創作物では忍者の服装は「黒装束」で描かれることが多い。

そのため、ほとんどの人が固定したイメージを持っている。忍者のコスプレをするときも黒装束を着ている人がほとんどだ。

しかし、実際は黒装束とはまったく別の服を着用していた。

闇=黒と言うイメージから「黒装束」は夜に紛れやすい、敵にバレずに行動しやすいと思っているだろう。

しかし、逆に黒装束は闇に紛れにくいものだった。

黒は夜になると像が余計に浮いてしまい、忍びながら敵に近づく忍者にとっては不向きな色だったのだ。

存在がバレてしまえば潜入した意味もなく、敵にすぐ見つかってしまう。そのため、実際の忍者は黒い忍び装束を着ていなかった。

では、なぜ私たちは勝手に「黒」だとイメージしていたのか・・・これを疑問に思う人は多いことだろう。

その理由はさまざまだが、二次創作のほとんどが黒装束で統一されていたため勝手に思い込んでしまっていた説もある。

まんまと二次創作のワナにはまってしまったということになる。

では、本当の忍者は一体どのような服を着て行動していたのだろうか。

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忍者は普段、「紺色」や「渋柿色」の忍装束を愛用していた

「黒装束」を着ていなかったとなれば、実際はどのような忍装束を着ていたのだろうか。

現存している忍装束を見てみると、ほとんどが「渋柿色」や「紺色」。

実は、黒よりも紺色や渋柿色の方がバレずに屋敷へ侵入できたという。

資料からわかるように、当時では闇に紛れやすい色であったことは間違いない。

 

また、黒装束を着ていなかった理由は先述の通りだが、闇に紛れにくい色以外にももう1つの理由がある。

それは、黒よりも渋柿色や紺色の方が安かったこと。

忍者にとって大切なのは適切な判断力や反射神経はもちろん、忍術に使う道具が必要不可欠。常に道具を常備していた。

もちろん身につける服にかけるお金も必要だが、服よりも必要な装備にお金をかけていた。

よって、忍具にお金をかけ忍装束はできるだけ安いもので揃えていたと言う説もある。

 

ちなみに忍装束は変な格好になるため「逆に怪しまれるのでは…」と思っている人も多い。

しかし、忍装束のほとんどは甲賀地方(現在の滋賀県)や伊賀地方(現在の三重県)で使用していた山着や野良着が元となっている。

当時では当たり前に着用していたデザインなので忍者にもぴったり。

そのため、着ていて怪しまれることもなかった。

実物の忍装束を見たい人は滋賀県や三重県など中の美術館を訪れると良い。忍装束を飾っているのでおすすめだ。

特に三重県の伊賀市にある「伊賀流・忍者博物館」がおすすめ。

伊賀流・忍者博物館には忍装束の展示はもちろんのこと、忍術体験やショーも開催されているため勉強になる。

実際に着用していた忍装束だけでなく、忍に必要な道具なども閲覧できると人気だ。

ぜひ近くに行った際は訪ねてみてはいかがだろうか。日本に訪れた外国人を案内するのも良い。

忍者は状況に応じて服装を換える

そもそも「忍者」とはどのような働きをしていたのかご存じだろうか。

忍者は基本的に大名や領主に仕え破壊・謀報活動、浸透戦術、暗殺などの仕事をしていた。個人で依頼を受けていた忍者もいたが、ほとんどは偉い人に従い、その人たちの指示で動いていたのだ。

忍にとっては、依頼の内容に応じて計画を立てながら行動するのが基本。

相手に捕まれば任務が遂行できないため入念な準備や計画を練っていたのだ。

 

また、主な仕事であった「スパイ活動」において忍装束は山着や野良着だけでは物足りない。うまく溶け込むためには侵入する場所に適した服を着用しなければならなかった。

そのため、ときには町人、使用人、商人、武士、農民の恰好などさまざまな姿形に化ける。

忍の間には「七方出の術(七化」と呼ばれるものがあった。

忍世界では今で言う「七変化」のような術が存在していたのだ。

「七方出の術(七化)」における変装は虚無層・山伏・出家・商人・猿楽・常の形(武士や農民)・放下師(大道芸人や奇術師)の7つ。

この7つは忍者にとって必要不可欠の変装アイテムだった。これら7つの中に黒装束は含まれていない。

つまり、忍装束を着用するときは非常に稀なことだったのだ。

実際の忍者は黒装束ではなく「状況に応じて服装を変えていた」という話が真実。

忍装束はほとんど着ていなかった話が事実であり、黒装束は嘘だった。

 

以上のように忍者の服装について詳しく説明してきたが、いかがだっただろうか。

今まで勘違いしていた内容が一気に覆されたはず。

ちなみに、なぜ黒装束のイメージがついてきたのかは「歌舞伎」にも関係している。

歌舞伎を見たことがある人はわかるように「黒子」と言う観客には見えない存在を表現したものがある。

黒子が忍をイメージさせ、実際にも黒い服装をしていたと認識された説も出ていた。

このように、私たちは二次創作の影響や勝手な思い込みによって黒装束だと勘違いしてしまう部分がある。

日本人にとっては歴史を正しく知るのと同じように本物の忍者についても把握しなければならない。

そして、勘違いをしている外国人に正しい情報を与えていこう。


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